スーパー白鳥13号運行記録3

このブログは超ぐうたらワンマン運転士の日常(もはや気が向いたら、という気もw)を書いたブログです。はてなダイアリーで公開していた運行記録2が今年の春になくなるため、新たに作成しました。2005年11月4日…「運行記録2」暫定開業/2005年11月14日…「運行記録2」本格開業/2019年1月13日「運行記録3」移行開業

ベルデニック監督解任の背景

 結構いろいろとありましたが、今日またいろいろと動きがあったみたいです。
 まずは公式から。
 公式からは監督解任は「5連敗で所期の目標が叶えられない可能性が出てきた」だけでなく、「チームの一体感が保てなくなった」という理由が出てきました。
 正直に言えば、大宮の「電撃解任」は決して「電撃的」はなく、前々からあったものだ、という事がわかってきたわけです。
 ここで、SOCCOR KINGの記事を転載する。


(以下転載)
>7月の4連戦、過去に例を見ない猛暑に日々、ハードワークを要求される大宮のプレースタイルで、選手たちは疲労を極めていた。そんな中、「こんなに盛り沢山の練習メニューをやる必要があるのか」「さすがに2部練習はキツイ」という言葉が練習場で聞かれるようになった。戦術や練習方法において、監督と選手・コーチとの間に少しずつ溝が生まれていた。


>そして7月17日のJ1第17節、ホームに川崎フロンターレを迎えた一戦。首位大宮と2位サンフレッチェ広島との勝ち点差は「3」。大宮は勝つか、あるいは引き分けでも首位のままリーグ後半へターンできる。選手の心理的負担を考えると、ここは何がなんでも首位で折り返したい。実はこの試合の前、記者の間で1つの予想シミュレーションが行われた。「最初からDF片岡洋介を投入して3ボランチを形成し、引き分けで逃げ切る」というもの。それには理由があった。練習取材でチームの調子が上がっていない現状を目の当たりにしていたからだ。


>63分、川崎の大久保嘉人のゴールで2−2に追いつかれると大宮ベンチは動き出す。同時刻、広島は2−0と勝利を固めつつあった。仮に川崎に逆転されると首位交代となる可能性がある。FW清水慎太郎を投入して3点目を取りにいくか、片岡を投入して勝ち点「1」の僅差で逃げ切るか―。当時の映像を見ても、ベンチ内で議論が続いているのがよく分かる。ベルデニックは決断する。


>3点目を奪う。


>結果は、川崎に押し込まれ、守備に戻っていた青木拓矢がボックス内でハンドを犯してPKを献上。2−3と敗れ、得失点差で首位陥落となった。また昨季からサポーターとともに守ってきたホーム連続無敗記録も「13」で終わってしまった。スタンドからは大きな溜息があちこちで漏れていた。この試合後、大宮のフロントは動き出す。


>4日後の21日、小倉氏のTD就任が発表される。新しい役職では、試合中にベンチには入れないという。ベルデニック監督と小倉氏の関係に、何らかの変化があったようだ。


>小倉氏は、日本代表でイビチャ・オシム岡田武史両監督をコーチとして支えるなど、指導経験は豊富だ。大宮躍進の最大の秘密は、ベルデニック監督と小倉氏の良き「補完関係」にあった。戦術に優れたベルデニック監督と、チーム対策や選手交代、また人身掌握術に長けた小倉氏とのシナジーが、ベンチワークの質の高さを生んでいた。1−0で勝利したさいたまダービー浦和レッズの超攻撃システムを完封したマンツーマン・ディフェンスなどは小倉氏の貢献が高いと見られている。その関係が崩れてしまったのだ。その影響は、試合結果が物語っている。川崎戦の後の3試合、大宮はたったの一度も勝利していない。
(転載ここまで)


 この記事のコメントの中でも、ドメサカ板まとめブログにコメントにも、多かったのが次の記事であった。
「選手がわがまま言うんじゃない」
「選手の肩をフロントが持つのはプロじゃない」
「暑いのはどこも同じ」
 まあその通りですわな。
 正直言えばその通りです。
 という考えも実はあります。


 ただ私が思うに、横浜とか広島とか鹿島とかは、確かに夏場も強いのですが、じゃあハードな練習をしているかというと、むしろそんなことはないのではないかという気がしているのです。
 この時期のトレーニングって、実はどこもそんなに厳しい事はしていないように思えるのですよ。


>7月の4連戦、過去に例を見ない猛暑に日々、ハードワークを要求される大宮のプレースタイルで、選手たちは疲労を極めていた。そんな中、「こんなに盛り沢山の練習メニューをやる必要があるのか」「さすがに2部練習はキツイ」という言葉が練習場で聞かれるようになった。


 このくだりでは、選手が練習方法に不満を言っていることが述べられているのですが、西野時代の強いガンバの選手だった下平や川崎で活躍していた菊池とかがいたわけで、彼らもそう思っていたのならそもそもの練習量が多いということであろう。
 セレッソ戦の感想として「動きがワンテンポ悪い」という指摘をした。判断力もさることながら、疲れが残ったままという感じがしていた。
 確かに練習をサボるのはいけないと思う。初めからそういう意識でいるなら俺も怒鳴る。
 でも体調をコントロールして万全の調子で出られるようにするのは選手の責務だし、そう監督するのは指導者の責務である。いくら練習でできるようにしたって、本番でダメなら意味がないのです。


>63分、川崎の大久保嘉人のゴールで2−2に追いつかれると大宮ベンチは動き出す。(中略)FW清水慎太郎を投入して3点目を取りにいくか、片岡を投入して勝ち点「1」の僅差で逃げ切るか―。当時の映像を見ても、ベンチ内で議論が続いているのがよく分かる。ベルデニックは決断する。3点目を奪う。(中略)2−3と敗れ、得失点差で首位陥落となった。(中略)この試合後、大宮のフロントは動き出す。4日後の21日、小倉氏のTD就任が発表される。新しい役職では、試合中にベンチには入れないという。ベルデニック監督と小倉氏の関係に、何らかの変化があったようだ。


 大宮フロントは何もやっていないのではない。監督の意向に従って、監督と対立した小倉氏をベンチから追放したのだ。
 その結果どうなったか。
 小倉氏はそもそも監督と選手とのパイプ役をしていた。いわゆる緩衝剤の役割である。
 埼玉新聞の記事を転載するが。
(以下転載)

>ヘッドコーチ時代の小倉TDは練習でも試合のような厳しさを選手に求め、ほとんど選手を褒めなかった監督とは違い、褒める時は褒めた。TD就任後は一歩引いた形で練習を見つめることになった。
(転載ここまで)

 つまり飴と鞭の関係である。ベルデニック監督が鞭、小倉氏が飴の関係であった。
 それが飴がチームのそばになくなったことで、一転練習が鞭のようになる。その結果さらに連敗を重ね…
 また埼玉新聞の転載
(以下転載)

>連敗が止まらなくなると、頑固な指揮官に対して選手らの意見がぶつかり合う事態に発展した。10日のC大阪戦前に選手だけのミーティングを開いた。しかし、チーム内の不協和音に「勝ちたいのか、負けたいのか、どうしたいのか」と、選手たちの不満はピークに達していた。
(転載ここまで)

 小倉氏をベンチから追放した結果、さらにチーム状態が悪化していったのである。
 この状態になったらもはやゲームどころではない。8月の日程を見ても負けが込むことが予想されるだろうから、このままズルズル行けば、いくら9月に楽なチームとの対戦が多く組まれているといっても、それ以前にチームとしての体を成さなくなって結局いつも通り、という事になりかねないのでした。
 そういう状態になったらどうする? これでも選手に「監督の言う事を聞け」「わがままを言うな」と言えるのか?
 だから監督を切ったのです。このまま監督にチームを掌握させ続けたらチームが崩壊すると判断したから、あえて鈴木社長はベルデニック監督を切ったのです。
 フロントはいきなり選手の肩を持ったわけではないのです。監督のやりやすいようにした上で、それで混乱が酷くなったから監督を切ったのです。


 ベル爺のいう事を聞けないのか、という意見にも。
 大宮の選手はちゃんとベル爺さんの言っていることは理解できていましたよ。
 でも暑くなれば身体が消耗して、理解していることでも身体がいう事を聞かないことはよくあります。
 だから言っている奴に聞きます。
 夏(気温30℃は当たり前)のクソ暑い最中、試合のクオリティ(しかも良くても褒められず、ミスしたら厳しく責められる)でのトレーニングを2部練習して、それでちゃんと動けるのか、って。
 広島の選手だって、欧州王者のバイエルンの選手だって無理じゃないでしょうかね?
 大宮の強さはここにあったと思います。(埼玉新聞より転載)


ベルデニック監督は自分以外のスタッフが選手たちに直接アドバイスすることを嫌った。だが、実際は当時ヘッドコーチだった小倉テクニカルダイレクター(TD)らの助言などが、非常に大きな効果をもたらしていた。大宮の躍進は有能なスタッフ陣に支えられていた部分が大きい。指揮官だけの力ではここまでの飛躍はなかった。選手たちのコーチ陣への信頼も厚かった。


 私も感じました。ベルデニック監督は「名教授」だと。
 ゾーンプレスを大宮に導入して、それが大宮の躍進につながったのは事実だと思います。
 そういう意味では、解任したからと言ってベルデニック監督の株が下がるわけではないと思います。
 でもベルデニック監督は「名教授」であるがゆえに、「名将」として必要な「人間性」を感じなかったのがすべてだと思います。
 たとえが悪いですが、大阪桜宮高校のバスケ部顧問。
 部員に暴行を働いた結果、その部員が自殺してしまいました。
 でもOBの中で、その顧問はよかった、という声もあります。
 確かに彼の指導は厳しかった、殴る蹴るもあったかもしれません。
 でも恐らく彼は、いいことはいいと褒めていたのだと思います。
 少なくても、そうでなければこの顧問の下でバスケをしてよかったと思えるOBはいなかったと思います。
 そういう意味では彼は少なくてもベルデニック監督よりも「名将」だったと思います。
 ★断っておきますが、「名将」と言っただけで、「教育者」としては失格どころか論外ですよ。そもそも殴る蹴るが「暴行罪」という犯罪行為ですし。


 もしベルデニック監督がそこに気づき、少なくてもある程度「妥協」を考えていれば今回のトラブルは防げたと思います。
 多少7〜8月は負けが込んでも、選手がその理由を理解して納得していれば、ここまで混乱しなかったと思います。
 ベルデニック監督はもし次回監督を日本でやる場合は、日本特有の事情に気を巡らせてくれればと思います。


「名将」とは。
 自分の考えを具現化していい成績を取る監督、ではない。
 自分の考えは100%具現化できるわけがないという事を理解し、
 「その時のシチュエーションの中で如何に自分の考えを100%に近いレベルで具現化し」
 いい成績を取る監督、だと思います。